【報告】ブログタイトルを変えました 大学院生生活 2014年12月01日 ぼやいていても、しかたがないそもそも、大学院に来たのはなぜか考えてみたら、タイトルが不適切だった気がしたので思いきって変更してみました。私は、理論的にも経験的にも日本語教育を極めたい。でかい口叩いているのはわかるのですが、それが私の生涯目標だから。ライフワークにするんだって決めたから。死ぬ頃に、自分が何を言ってるか楽しみ(笑)(この根拠のない確固たる自信がどこからくるのか、我ながら不思議でならないよ、まったく。)めげるし、さぼるし、人間だもの…だけど、ちゃんとブログ書いてモチベーションを保とうと思います。んなわけで、今日は西川先生の授業までの準備しつつ、明日の調査参加者募集告知のことを考えつつ、初級学習者に日本語を教えることについて勉強してます。経験無しの院生はやること多いよ、ほんとに。ケツ青すぎて泣けてくるぜ。 PR
カチンと来たけど、ズキンと響いた話 大学院生生活 2014年11月22日 個人情報が出ないように書きたいので名前も所属も言いませんが、先日ある人からこんなことを言われました。Ellyさんが心配なのだ、と。今の進度がそんなもんで研究大丈夫なのか、と。ぶっちゃけその人には、立場的にもそんなこと言われる筋合いなかったし、その人の言っていることにはいつも振り回されたりイライラさせられたりしていたので、その時は本当にカチンときました。でも。冷静になって考えてみれば、甘えてるのはこっちの方で。遅れているか、遅れていないかの判断は色々言い分があるとしても、研究が進んでないのは事実。それから、読んでる研究論文も授業の範囲だけでヒーヒーいってる自分。こんなんだから、「研究大丈夫なのか」と言われても仕方がない。やっぱり腹は立つけど、腹を立てる前にやることがある。このことを考えるといつも、胃のあたりが、ズキンと重くなる。そう思ったら頑張れた。院生なのだから、院生として頑張らなくちゃ。せめて最低限のことは常にこなして、+αを目指さなきゃ。
繋がりそうで繋がらない…(苦笑) 大学院生生活 2014年11月07日 巷では学校祭とやらが盛んな季節になっているようですね。斯くいう私も、実は先週の週末は学部時代の故郷、松本に戻って、我が信州大学の学校祭で開催された「第二回 留学経験者座談会」なるものの登壇者として参加してきました。(第一回である去年は企画側でした)打ち合わせの前にふらふらと祭を見学していたのですが、いや~学部生ってこんな若いんだな!笑もうこの雰囲気には馴染み切れないのか…とがっかりしていたら、お好み焼き屋をやってた、明らかに年下の学生のお兄ちゃんに、「お姉さんマヨネーズ好き?」「ほい、これあげちゃうよ~」なんて親しげにされてほくほくしてしまいました←今週はお茶大も学校祭だそうで。今日は前日準備のため休講です(いえーい!←)喜んでいる場合ではないのだけど。論文…二週分ガツガツ読まなきゃ間に合わない…私再来週発表なのに何もできてない…←そんなぼやきやさておき…(前置き長い!!笑)色々あって、研究の方向性もなんとなく定まってきたこの頃。定まったのはいいのだけど、調査協力者を求める関係で今とっても急ぎ足で研究を進めてます。(研究といっても準備段階だけど)協力者をゲットできなければ私の研究はおじゃん・・・そんなわけで、とにかく知りたいこと/やりたいことを達成できるように、今は自分の研究の立ち位置を模索しているところです。(そもそも具体的に何を知りたいのか、ってのも模索中←)加納ゼミの良いところは。発足したてなので、アカデミックライティングや研究方法について先生のとても丁寧なご指導を受けられるところ。私のように日本文学という全く異世界からやってきた人間にとって、日本語教育の論文を書くのは至難の業。(ということをお茶大に来て知る)型を覚えるところから、リサーチクエスチョンの立て方、見直し方等等、まだまだ教えてもらうことがたくさんあるのですが、ゼミに出てるうちに研究計画がなんとなくできあがってきているというおまけ付き。(おまけにできるかどうかは、運もあるのかと思うけど。)さらに、前期に受けていた向山先生の授業で教えていただいた先行研究の整理表も、今となっては大活躍!(教えていただいた当時は知識浅すぎてどう扱っていいかよくわかんなかった←)最近の私はゼミの課題をやるついでに、研究の準備が進んじゃってる感じがしています←しっかしまあ!!!リサーチクエスチョンやら、先行研究のまとめやら、色々言いたいことがあるんだけど、繋がりそうでつながらない!!ある程度まで書けてるんだけど関連性が細いひも一本分くらいしかなくて、今の自分にはまだ言葉でまとめる力が無いようです…目下の悩みはそこ。ちょっともう一回、先生に頂いた表を使って問題意識を整理するところから始めたいと思います。
日本語教育に関わる順番 大学院生生活 2014年10月22日 どうも、最近「定まらない人生」という新しいキャラを確立したEllyです←みなさんもそうだと思うのですが、時々、私は人生の迷子になります。大学院進学を決めるときもそうでした。卒業年度の10月になっても、教採受けるか院進学するか決まらないほど悩んでました←(時間かかりすぎwww)最近、自分は本当に院進学してよかったのだろうか、院を出たら何をしようか、ということでまた迷子状態になってます。やっぱりこの世界、経験→研究という方が、何かと実感も問題意識も湧くのでしっかりやれたと思うんです。でも、学生から直接上がってくると現場経験が少なくなるわけですから、問題意識も低いのなんのって。頭でっかちの未経験者ほど、扱いにくい人種ってないですよ!笑最近、それをすっごく実感してます。もっとバイタリティもって生きなきゃなぁと感じるわけです。色々経験しながら勉強できたらそれが一番いいような気がするのです。まあでも、「人生の選択肢がまだまだ広い」という点はとーってもいいのかもしれないけど。(学生から直接進学する決定的理由にはなりませんが・・・)私には「通学時間」という面倒くさい言い訳がついて回っているので、なかなか「非常勤やりながら通学」というわけにもいかない。そんなわけで、院出たら日本語学校に武者修行かな…とも思ったり。いやいや、それするなら院先にこなくてもよかったじゃんと突っ込みを入れてみたり。来年も今頃は進路調査とかされてるんだってことを考えると憂鬱です←・やりたいことを中心に仕事を探す・経験重視でとにかく武者修行に出るの二択です、今のところ。やりたいことも色々ありすぎて困っちゃうんだけどね~←行きあたりばったりでいいのかな。きっと、そうなった先で、そこに順応して、それについて真剣に考えていける人間だから、私は。(いやいや、そんなスタンスだからいつまでもぼんやりしてるんだわ←)そんな、就職に関する悩みでした。研究テーマ、やっとなんとなくまとまりそうなのに・・・今度はそっちかーーーーぁい!みたいなね(笑)では。
そろそろ研究計画をまとめねばならんのだけど。 大学院生生活 2014年09月15日 まとまらないので、頭の整理から!←そもそも。私は「研究をして何がしたいんだろう」というところを、整理しないといけないんだと思います。したいことはたくさんあるんです。外国由来の子どもたちの支援活動を続けたいとか、それに貢献できるような成果をだしたいとか。日本語教師として一生日本語と日本語学習者と関わっていきたいとか。したいことは山ほどあるんです。でも、自分はひとりしかいないから。何をするかをそろそろ決めなければいけないと思うんです。じゃないと、研究の目的も定まらない。これまでは、身近にヤングのみんながいたから「外国由来の子どもたちの読解ストラテジー」というテーマを大事に抱えて日本語教育コースに入ってきました。ついでに、そういう仕事に就きたい、日本の公立中学校で彼らに日本語を教えたいと思って、それだけがしたくて来たような気がします。だけど。それだけじゃ、この世界生きていけねーよ。って。何より、UNSWに来て、「学習者に関わらないと問題も浮かばない」ということがはっきりとわかりました。大学院に入ってからというもの、一度も「外国由来の子ども」とは(まともに)関わっていません。ちょっと遊びに行くくらい。そんなんで、研究できるのかな。ましてや、子どもに関わる日本語教育の世界は本当に限られてて、運をつかむようなもの。もう一度、考え直してみる必要がある。ってわけで、昔をちょっと思い出してみた。「やっぱり日本語教育がいい」と思ったその時、私は「留学生」と「文学」のそばにいた。文学の種類はひとつじゃなかったけど、例えばジェイク。彼と私の出会いは日本語の授業だったけど、文学についていつも話し合った。日本文学から彼は何を得ていたんだろう。でも、彼が読んだ小説について色々聞いて、言葉の解釈や日本の文化的な価値観について考え会った。それから、キョクオッパ。オッパは文学というより、論文を書くための新書を読まなきゃいけなくて、それを一緒に理解したり、どういう風にするのがいいか、韓国と日本の共通点は何かと確認した。漢字も勉強したっけ。このことを考えると、文学や読書が日本語教育に活かせることは自明的で、それなのに教室活動で行うのは「話すこと」「書く」ことに焦点が当てられやすい。(私はどちらかというと、インプットの方に興味があるなぁ。「聞く」とか「読む」とか)インプットができなければアウトプットはできないしね。それでもう一つ大切な要素が、「協働学習」だと思う。「協働学習」の中で、学習者同士はどのようなコミュニケーションをとっているんだろう。っていうのが、私は最近興味がある。例えば、UNSWの実習でグループワークを見てきたとき、できる学生ができない学生を引っ張るようになるまでの過程がとても興味深かった。最初は誰も口を利かないで黙ってたり目を合わせることもしなかったのに、それが何かをきっかけに話が動き出したり、あるいは止まったり、展開したりする。ここの大学は共通語が英語だから、様々なバックグラウンドをもった学生たちが日本語と英語を介して会話をする。時に、中国語が使われたり、韓国語が使われたりすることもあって、基本的には共通語の英語を利用したが日本語を使うために認知が促進されればなんでもありの環境だった。日本の大学でこういうグループワークをする時には、どんな言語使用をしてみんなは理解を深めてるんだろう。ふむ・・・ここまで来て考えられるRQは…?この三つでいけないかな。いーーーやーーーー広いかな。広いな。1文学を日本語教育にどう生かすことができるか。2日本の大学の留学生同士でグループワークをする際、どんな言語使用がされているのだろうか。3グループワークをしたり、何かを読んでいる時の個人の言語使用の実態はどうなっているのだろうかどれかだ。どれかに絞るしかない。1は広いな。広すぎる。1をベースにして2,3をつなげられないかな。2は、研究目的はなんだ?それを知って、何を考察するんだ?3・・・も、2と同じ。「気になる」だけじゃだめだ。ひとつ言えるとしたら…「直説法」への批判?←wwwだめだ・・・大学の留学生の授業で何を目的とするかが大事かも。例えば、UNSWの日本語コースなら、その理念の中に学習者が主体的に活動ができるようになるとこ、学習者どうしがコミュニティーの中でダイナミックに学習をすること、それによって日本語を習得していくことっていう理念がある。理念・・・そう、それだ。曲げない部分・自分が曲げない部分が必要なんだ。私がどんな日本語教育をしたいか。それがまず重要なんだ。あれ・・・また原点に戻ってきた?だめ、今日はこれで終わり。お疲れさま。