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The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all.

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心と部屋のシンクロ率

結構高いと思います、心と部屋のシンクロ率。


みなさんは、テスト前の時に限って部屋の汚さが気になってしまうことってありませんか?

私はがっつり、そのタイプです。
だからと言って片づけられるタイプではないのですが、
テスト前で心が荒んでしまい、「あーもうまじイライラする腹痛い」となった時、
ふと自分の部屋を見回すととんでもなく散漫な状態になっていることがあります。
(というか、私の部屋は基本的に散らかっているのですが、それ以上に)

自分でも管理しきれなくなった部屋の汚さ。
そういう時は、だいたい自己管理が不能になるくらいイライラと焦りとでいっぱいの時です。


なぜテスト前に部屋の汚さが気になるか。

たぶん、自分の心の荒み具合に気づくからでしょうね。

そして、一気に片づけてしまいたくなる。

不思議と、勉強を一切やめて片っ端から片づけてしまうと
その間に心もすっきりして、勉強がはかどったりしますよね。

捨てる、しまう、片づける。
部屋の片づけと心の片づけはそっくりです。



部屋を片付けられない人、ものを捨てられない人、
資料を積み上げてしまう人、本棚が雑然としている人。
(ちなみに私はこれ全部←)

自分で自分をフォローするようでなんですが、
たぶんこういうタイプの人って基本的にやることが多い人なんだろうと。
次にやること、次の次にやること、その次の次の・・・という風に、
いちいち片づけていたらキリがない。
片づけていたら忘れてしまう。
(そして整理しきれなくなって、最終的に忘れている←)
そんな人なんだと思います。

だから、いいんです。
時々気が付いたときに片づけるから。
ほっといてください。

ねえ、お母さん←



私の母は、基本的に雑然とした私の部屋が嫌いです。

部屋に来るたびにいちゃもんをつけて出ていきます。
気持ちに余裕がある時こそ笑って流せるのですが、
割とやることがいっぱいでパソコンから離れることができず、
いろいろなものを放り投げて資料作りをしている時などに
「ねえ、よくこの部屋にいられるね。気が付かないの?あーいうのとか、あーいうのとか、
なんか気になるよね?すごく散らかってるよね?」
なんて言われると腹が立ちます。
というか、彼女の言い方の問題もあるのですが。
とにかく腹が立ちます。


しっとるわ、自分が片づけられてないことくらい。
そして気になってて片づけを優先できる状態だったらとっくにかたしてるわ。


そんな反抗心で腸が煮えくり返ります。


これでも、自分でもがっかりするんです。
どんなに片づけても1週間は持たない。
戻してしまったらやることを忘れてしまいそうな恐怖。
手元にあればすぐに目につくし、積まれていることでやるべきことがどれだけ溜まっているかがわかる安心感と表裏一体に存在する抑圧感。
あらゆるマイナス思考の要素が大きな塊になってのしかかる時もあります。

だから、余裕がある時は私だって片づけます。

そんな様子を20余年も見てきたくせに、
人が血眼で作業をしているのに、
「部屋が汚い」と背後でぶつぶつ言われることの腹立たしさ。

今日は思わず、
「ああああああああああ、うるさい!」
と怒鳴ってしまいました。




本気でそう思いましたし、とにかく部屋から出てってほしくて言いましたが、
多少は反省もしています。



集中力がぷっつんと切れてしまい、
いらいらと胃のキリキリだけが残ってしまったので、
今こうしてブログに感情をぶつけまくってます。
怒りも、情けなさも。
大人げないです。

こうしてまた負のループにはまりかねないので、
今日はこの辺にしておきますが、
ちょっとまた一息ついて作業したいと思います。


今週は発表発表発表だぁー。
課題提出もせまってるぞ。
がんばれがんばれ。
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はじめに

タイトルの通りです。

東京で大学院に通っています。
専門は日本語教育コースで、バイリンガル・バイリテラシー、そしてアカデミックライティングを扱うゼミに所属しています。
自分の関心分野は、外国由来の子どものリテラシー、特に読解教育に関心を持っています。
外国人に限らず、日本に住んで長いけど複数言語環境にいる子、日本語会話はばっちりだけどお母さんの言葉がわからない子、日本を長く離れていた子、そもそも日本人だし日本から出たことないけど家系に外国が繋がってる子、ってゆか外国とか関係なくめっちゃ日本人だけど本とか文章とか読むのも書くのもしんどい子まで、子どもたちの読み書きの問題は幅色い背景を持つ子どもたちが対象になっていると思います。
実際、日本の公立の学校にもこうした多様な背景を持つ子どもたちがいることが当たり前になってきているわけですが、
果たして私たちは自分が今まで受けてきた国語の授業でこの環境を切り抜くことができるのでしょうか。

自分自身も読み書きに自信がある方ではない、
ましてや日本語に自信があるかも危ういですが、
子どもたちが複言語という可能性を持っている以上、それを活かさない手はないと思っています。

その他
・学部時代は信州で日本文学を専攻していました
・国語の教員免許(一種)を取得済
・学部時代に日本語や勉強を教えるボランティアに参加してました
・韓国語がそこそこできてます
・現在神奈川の真ん中西より、丹沢盆地に住んでいます
・通学には小田急線と丸ノ内線を使っており、片道2時間半かかっています

そんな私の研究・勉強生活を、
ここでぼろぼろ愚痴のように書いたり
あるいは学んだことを思い返したりするためにここを使いたいと思っています。


もっとすごいことが書いてあると信じてのぞきに来てくださった方、大変申し訳ございません←
そもそも、こうして書くこと自体が私のリテラシーの訓練の意味も持っていますので、
ガラクタ箱のような散漫さをもってお届けすることになるかと思います…
以上をご了承いただけると幸いです。
それでは、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。