そろそろ研究計画をまとめねばならんのだけど。 大学院生生活 2014年09月15日 まとまらないので、頭の整理から!←そもそも。私は「研究をして何がしたいんだろう」というところを、整理しないといけないんだと思います。したいことはたくさんあるんです。外国由来の子どもたちの支援活動を続けたいとか、それに貢献できるような成果をだしたいとか。日本語教師として一生日本語と日本語学習者と関わっていきたいとか。したいことは山ほどあるんです。でも、自分はひとりしかいないから。何をするかをそろそろ決めなければいけないと思うんです。じゃないと、研究の目的も定まらない。これまでは、身近にヤングのみんながいたから「外国由来の子どもたちの読解ストラテジー」というテーマを大事に抱えて日本語教育コースに入ってきました。ついでに、そういう仕事に就きたい、日本の公立中学校で彼らに日本語を教えたいと思って、それだけがしたくて来たような気がします。だけど。それだけじゃ、この世界生きていけねーよ。って。何より、UNSWに来て、「学習者に関わらないと問題も浮かばない」ということがはっきりとわかりました。大学院に入ってからというもの、一度も「外国由来の子ども」とは(まともに)関わっていません。ちょっと遊びに行くくらい。そんなんで、研究できるのかな。ましてや、子どもに関わる日本語教育の世界は本当に限られてて、運をつかむようなもの。もう一度、考え直してみる必要がある。ってわけで、昔をちょっと思い出してみた。「やっぱり日本語教育がいい」と思ったその時、私は「留学生」と「文学」のそばにいた。文学の種類はひとつじゃなかったけど、例えばジェイク。彼と私の出会いは日本語の授業だったけど、文学についていつも話し合った。日本文学から彼は何を得ていたんだろう。でも、彼が読んだ小説について色々聞いて、言葉の解釈や日本の文化的な価値観について考え会った。それから、キョクオッパ。オッパは文学というより、論文を書くための新書を読まなきゃいけなくて、それを一緒に理解したり、どういう風にするのがいいか、韓国と日本の共通点は何かと確認した。漢字も勉強したっけ。このことを考えると、文学や読書が日本語教育に活かせることは自明的で、それなのに教室活動で行うのは「話すこと」「書く」ことに焦点が当てられやすい。(私はどちらかというと、インプットの方に興味があるなぁ。「聞く」とか「読む」とか)インプットができなければアウトプットはできないしね。それでもう一つ大切な要素が、「協働学習」だと思う。「協働学習」の中で、学習者同士はどのようなコミュニケーションをとっているんだろう。っていうのが、私は最近興味がある。例えば、UNSWの実習でグループワークを見てきたとき、できる学生ができない学生を引っ張るようになるまでの過程がとても興味深かった。最初は誰も口を利かないで黙ってたり目を合わせることもしなかったのに、それが何かをきっかけに話が動き出したり、あるいは止まったり、展開したりする。ここの大学は共通語が英語だから、様々なバックグラウンドをもった学生たちが日本語と英語を介して会話をする。時に、中国語が使われたり、韓国語が使われたりすることもあって、基本的には共通語の英語を利用したが日本語を使うために認知が促進されればなんでもありの環境だった。日本の大学でこういうグループワークをする時には、どんな言語使用をしてみんなは理解を深めてるんだろう。ふむ・・・ここまで来て考えられるRQは…?この三つでいけないかな。いーーーやーーーー広いかな。広いな。1文学を日本語教育にどう生かすことができるか。2日本の大学の留学生同士でグループワークをする際、どんな言語使用がされているのだろうか。3グループワークをしたり、何かを読んでいる時の個人の言語使用の実態はどうなっているのだろうかどれかだ。どれかに絞るしかない。1は広いな。広すぎる。1をベースにして2,3をつなげられないかな。2は、研究目的はなんだ?それを知って、何を考察するんだ?3・・・も、2と同じ。「気になる」だけじゃだめだ。ひとつ言えるとしたら…「直説法」への批判?←wwwだめだ・・・大学の留学生の授業で何を目的とするかが大事かも。例えば、UNSWの日本語コースなら、その理念の中に学習者が主体的に活動ができるようになるとこ、学習者どうしがコミュニティーの中でダイナミックに学習をすること、それによって日本語を習得していくことっていう理念がある。理念・・・そう、それだ。曲げない部分・自分が曲げない部分が必要なんだ。私がどんな日本語教育をしたいか。それがまず重要なんだ。あれ・・・また原点に戻ってきた?だめ、今日はこれで終わり。お疲れさま。 PR