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The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all.

得たいものについての話

社会人になって1~3年の間は、
会社や仕事の嫌なことが見えてきて「こんなとこやめてやる!」って思う。
そんな人がほとんどじゃないかしら。


この私も。



嫌なとこが見えてきて、というか
目をつむっておくのも苦しくなってという感じ。
入社半年で(笑)
少し現実離れしたことが進んでいて、どうにも気持ちが落ち着きません。


で、本題。
仕事やめたい。じゃあ、私はどんな職場ならいいんだろうと考えた時、
いつもある人の言葉が脳裏をよぎります。


「お前らみたいな人間てさー、どうしてそうやって誰かから得ることばかり考えるわけ?
どうして自分で納得いく環境を作ろうともしないで、
雇われてる身のくせに給料少ねぇとか、保証がねぇ、休みがねぇって文句ばっかりなわけ?
頭まじ悪りぃよな。ほんと腹立つ。じゃあ自分で会社立てりゃいいんだよ。」


記憶の通りではないかもしれませんが、主旨はこの通り。
言い方もこの通り(笑)
彼は、小さな小さな会社の社長です。いわゆる企業家という人種になると思います。

いろいろな因縁があって彼に会うことになって色々な話をしてきましたが、
この言葉は一番私に衝撃を与えた言葉でした。


一見、人の上に立つ人の言葉とは思えない口調だし、
もちろん、この人の下では働きたくないと思う。
だけど、「働く」ということを考えさせる言葉だとも思う。

まず一つ。
企業家のモチベーションには、「社会貢献」と「金儲け」の二種類がある。
この人は確実に後者のタイプだった。
でも、おそらく世の中の多くの会社の社長にはこのタイプが多いと思う。
それは、「社会貢献」なんていう人の善い理由だけでは、この汚い世の中のお金を回すことができないからじゃないかな、と私は考える。

そしてもう一つ。
「雇われてるくせに」という言葉。そう、私たちは「雇われてる」。
会社が儲かって、顧客が満足できるようにするのが、「雇われてる」人間のすること。
だから、「上」の人が心配することができるのはお金の心配と、
会社の運営と、個人個人の言動が会社に与える損得がせいぜい。
だから、「上は現場をわかってない」というのは仕方がないことでもある。
というか、現実、多くの会社が抱えている問題であり現状である。



以上の二つを考えて、学校のことも考えてみた。
もし多くの教員が「こんな学校クソだからやめてやる!」って言って転職したら…。
いい学校と「クソな学校」の格差ができる。
「クソな学校」には色々あると思うけど、一番困るのは教員がいない理念がない学校かな。
理念があって批判をくらう学校は、私にとってはクソでも他の人にとってはオアシスかもしれないから。
その「クソな学校」に残されたのは、子どもたちとその保護者。

この人たちは、どうなる?
子どもたちにも、保護者にも、何も罪はないのに、
学校の内部事情のせいでほとんどの人が途方に暮れることになる。

そんなの許せない。
子どもは等しく教育を受ける権利がある。
だから、IBの理念に共感したんだ。
それを大人の汚い事情のせいでダメにしたら許されない。



ここまで考えて、行きつく結論はいつも同じ。
私に今できることは、外に出て勉強しながら、うちの学校へ還元すること。

すぐにでなくても、転職してやると思って新しい求人を見たりしてます。
経験年数の関係で、あと1,2年は今のままのつもりだけど、
こんな時にばかり、目を引く素敵な求人がたくさん出ていたりする←
うん、これも縁だな(笑)

私がこの仕事をつかめたのも縁でした。
経験・やりたいことと言う意味でこんな理想的な職場は無いし、
しかも正社員としてこんな若造を雇ってくれた。
ほとんど経験値もないのに、やりたいことを認めてくれて、アドバイスもくれて、
研究もサポートしてくれるという。

周りの言動と、人がやめていくこの現状に振り回されさえしなければ、
自分が成功するには十分な環境ではないのでしょうか。
そして私の成功によって、より子どもたちが満足できる授業が提供できるようになれば、
どんなに幸せなことでしょうか。


「日本語の授業が魅力的だから、この学校を選んだ」と、
言ってもらえるようになったら私の仕事は完了。


そうだ、いつだって、私は立ち上げ係りだった。
基本のところまで持ってきて、後輩たちが素晴らしいものを作り上げてくれた。
私は、そう考えれば土台作りのプロじゃん(笑)

これからだ。
これから。

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