忍者ブログ
The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all.

興味関心―なんでもないけど、大切なこと

研究をするのに色々な文献を読んだり、
教育に携わるために色々な経験をしたり。
そうこうしているうちに、自分の興味関心がどこにあったのかを見失うことがあります。


今の今まで、私は「見失っていないつもり」だったのですが、
どうやら違ったようなのでメモ。




問題提起を書くために、
協働学習からの引用だけでなく、IB関連の本からの引用も何かあったはず、と
本を読み返していたところでした。

久々に読み返してみると面白くて、つい読み込んでしまったのですが、
その中に、『グローバル人材育成推進会議』での「グローバル人材」の定義が引用されていました。
要素Ⅰ:語学力・コミュニケーション能力
要素Ⅱ:主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感
要素Ⅲ:異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー

このほかに、幅広い教頭と深い専門性、課題発見・解決能力、チームワークとリーダーシップ、公共性・倫理観、メディアリテラシーなどを挙げています。
大迫弘和編(2014)『国際バカロレアを知るために』(第2章:p.64)
ここで、第2章の執筆者である新井氏はこうコメントしている。
よく見ると、これは要素Ⅰの語学力を除いては、国内外を問わず必要な資質・能力で、グローバル人材に限りません。要素Ⅱは誰にでも求められますし、要素Ⅲも教養や倫理観と関係します。/したがって、語学力はグローバル人材であるかないかを分ける能力といっても過言ではありません。
これを読んだ時に、自分の関心があるのは「要素Ⅱ以降」だということがはっきりしました。
言語や文化にとらわれず、必要となる能力がこれからの教育には必要だと思ってて、
前提として、言語や文化が異なる人たちが同じ教室にいることを想定していたため、
どうしても言語の問題を切り離さずに考える必要があった、というだけの話。
「日本語教育」とか「国語教育」とか、分けて考えていたせいで、
『私は「日本語教育」専攻なんだから、言語習得や異文化理解に関わることをしなくちゃ!』
なんて、勝手に興味関心の幅を狭めていたような気がします。


この記事で書きたかったのは、ただそれだけのことなんですけど。
「私、私の関心を思い出したわ!」って、それだけのことなんですけど。

自分がずっと「読書」と「日本語教育」を結びつけた活動にこだわっていたのは、
言葉を教えたいからというだけではなかったんだということだと思います。
あくまで言葉は活動をするために必要なもので、
やり方次第でいくらでも学習を進めたり、要素Ⅱ以降を伸ばしたりすることができるんだと、
最近は思えるようになってきました。
じゃあどうすりゃいいのよ?って、そこを何十年もかけて明らかにしていくために、
まずは修論でやろうとしているんだと。


そう考えると、私がこれから相手にする対象は「中上級以上」になってしまいそうだけど、
必ずしも「中上級以上」じゃないと認知的な活動ができない、なんてことはないということもわかってきたし。
そのために、やっぱり初級指導の勉強ってのも必要だなぁ、と。
ボランティア、研究、バイトでの講師活動、などなど、
今まで自分がやってきたことがどれも乖離しているように感じていたけど、
意外とそうでもなかったな、と思えてほっとしてます←


もっと何かできることがあるんじゃないかな、なんて
そんな風に思える興味関心を持ち続けられていて、本当によかったなと思います。


なんかほのぼのしてしまいましたが、
続き、頑張ってきます←
PR