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The flower that blooms in adversity is the rarest and most beautiful of all.

前回の記事を読み返して

ここ数年で、PMSらしきものがどんどんひどくなってきました。
もしかしたら大人のPTSD?なんて思われるような言動も顕著になってきました。
程度の差こそあるのだろうけど、世の中にはたくさんの病名がうようよしていて、
当てはめようと思えばいくらでもあてはまるもんですね。


さて、前回の記事「記録になるように色々書こうと思っていましたが…」が、
想像以上にふざけていたので訂正します。


大学院では、「勉強が『仕事』」です。
趣味なんて、甘ったるいものではありません。

私が書いていた「趣味的に勉強する」というのは、つまり『趣味』です。


好きなことを仕事に、とかよくいうけれど、
大学院まで来て、研究者として生きていくことができる人は、
勉強をやらされているのではなく、自らが生涯それと向き合っていくことができる、
『仕事』として捉えることができる人だと思います。

私にとって仕事は、いやいやするものであってはならないという気持ちがあります。
誇りを持つべきですし、向き合い続ける必要があると思うからです。
だからこそ、好きなことや興味があることを仕事にするためにここまで来ました。

が、残念ながら、研究者として研究することは私には仕事にできない。
そう感じています。



じゃあ「先生」になることはどうなのか。
これも正直自信がありません。
実際になってみたらどうなるのか、心配ではあります。

でも、これだけは、諦めちゃいけない気がします。
手を抜いてはいけない気がします。
そういう意味で、大学院でたくさんの人にあって、
たくさんの膨大な知識が世界に存在していることを知ったのは
とても大きな成果であると思います。




働け、私のメタ認知。笑

こんなところで記事を書いてる場合ではないwww


今日はメタ認知の話で涙がでかけました。
優秀な人。先生がおっしゃったその一言が、自分の心を深くえぐりました。
(先生を責めているのではありません。「優秀な人」という言葉を責めているのです)
私の生徒たちが、「優秀な人は○○している」と聞いたら何を思うかな。

自分もそうなりたい!
私もそうすればもっとできるようになる!
そんなことは当たり前だ。
それすら自分はできていない。

みんないろんなことを思うんだろうな。


私はもうどうすることもできないくらいネガティブなので、
これすらできない私は、どのように子どもたちと歩んでいこうか。
それを考える方が早いような気がしました。
私が先に色々知っている必要は、果たしてどれくらいあるんだろう。

それさえも杞憂か。


授業のこと、研究のこと。
まだまだ気が抜けません。
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